『庭の時間』辰巳芳子 文化出版局(2009)

 著者は料理家です。私はこの方を『いのちを養う 四季のスープ』(文化出版局・2009)という本で知りました。

 この本で紹介されているスープのレシピは、ご家族の看護・介護の経験から生まれたそうです。材料の選び方や調理の仕方が丁寧に解説してあり、食材から滋味を引き出すように考えられたレシピからは食べる人を思いやる気持ちが伝わってきます。

 本書は、そんな筆者のご自宅のお庭のお話がひと月ごとにまとめられていて、章の最後には辰巳さんの料理とレシピが素敵な写真と共に紹介されています。「蕗みそ」(2月)は漆器のしっとりとした質感とともに口の中に蕗の苦味が蘇ってくるようですし、「野菜のコンソメに花柚子を浮かべて」(5月)は品よくこちらまで香りが漂ってきそうです。

面白いのは、巻末に東京農業大学の学生さんによる研究・「料理家辰巳芳子邸における食と庭の関係性」(池村・青木・進士、2008)の抜粋が掲載されているところ。辰巳さんのお庭が研究対象となっていて、お庭の植物をよく調べ、どんなふうに利用されているのかを調査されています。野菜や果樹、野草が食用・薬用・観賞用と分類されている長いリストをみると、その役割を全て兼ね備えている植物もたくさんあり、辰巳さんの知識の深さを感じます。

 その季節になると出会うことのできる、お庭の美しい表情や、お母様で料理家の辰巳浜子さんとの思い出...どれも素敵なお話ですが、読んでいて心動かされるのは、筆者の料理家としての誠実な姿です。日々自分のために、誰かのために料理して食す、その日々の営みの根本に立って疎かにせず、大切にする。繰り返しの中によりよく、と工夫を重ねていく姿に、我が身を振り返っては反省したり、勇気を得たり。

 畑とは異なり、野菜やハーブ、果樹や草花をいろいろ植えて、収穫を楽しむ庭を「ポタジェ」と呼んだりしますが、フランス語のpotager は「スープ(potage)にする食材を作るところ」という意味からきているそうです。筆者の庭は、風土に根差したポタジェなのだと想像します。

 

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『料理歳時記』辰巳浜子著(1977)中央公論新社

筆者は辰巳芳子さんのお母様で、料理家の辰巳浜子さん。

 昭和37年から43年『婦人公論』での連載をまとめたもの。食材と料理の話題の中に、辰巳家の庭のはじまりが書かれているのを見つけて嬉しくなりました。歯に衣着せぬ物言いも魅力的。明治生まれの著者が生きた昭和の時代の風物が新鮮に感じられたり懐かしくなったりします。『庭の時間』『料理歳時記』どちらも読むと「梅」「柿の葉寿司」など、同じ題材が母娘で書かれていることに気がつきます。お二人の料理に対する真摯な姿勢を思うと、単にお袋の味の伝承というよりは、伝統が受け継がれる現場に立ち会えたような感慨深さがあります。