植物について学びたい時の入口としておすすめです:『ボタニカルイラストで見る 園芸植物学百科』 ジェフ・ホッジ著 上原ゆうこ訳 原書房(2015)

 

最近の庭仕事

気がつけばもう、6月!

春の時間は本当に短く感じます。

気候の変化もありますが、

一斉に活動を始める植物の勢いに目を奪われてしまって、

あっという間に時が過ぎてしまいます。

秋冬に剪定したバラや宿根草が、

健やかに育って花を見せてくれると、喜びもひとしおです。

庭仕事では、本格的に暑くなる前のこの時期は、剪定作業の季節ですね。

風通しよく、そして秋ももう一度楽しめるように手を入れています。

 

ケヤキの木に絡まるテイカカズラTrachelospermum asiaticum。まるでケヤキの木に白い花が咲いたよう。あたり一面にいい香りを漂わせていました。

本書の紹介

大分前になってしまいますが、連休の頃から読んでいた本がこちら。

著者はジェフ・ホッジ(Geoff Hodge)さん。『ガーデニングと専門とするライター、編集者。ラジオやテレビのキャスターもつとめている。』(本書より)

 

カバーデザインの美しい植物画に惹かれて、

いわゆる「ジャケ買い」してしまった本。

しおりは光沢のあるサテンで太めなのがまた素敵。

紙は厚地でくすんだ色合い。

ページを開くと随所に美しい植物画が豊富に載っていて、

イラストを見るだけでも楽しいです。

 

この本の魅力

 

図鑑や本に書いてあることが、植物の現場にいると、

当てはまらないな、と感じることがあります。

 

カタログや図鑑でサイズを調べ、慎重に場所を考えて植えたのに、

こんなに大きくなるとは!!とか、

暑さ寒さに対する植物の振る舞いが気候の変化のせいか、

変わってきたように思えたり・・・

この、情報とやってみた結果の間を埋めて、実用的な知恵にしていくには、

観察ともっと豊富な知識が必要なのかもしれません。

 

この本は、多くの項目にわたって植物学の知識を、

庭での実践に役立つように、わかりやすく教えてくれますので、

頼もしいガイドとなってくれそうです。

 

調べたい項目に限定せず、ページを開くと必ず載っている

美しいイラストだけを眺めて楽しんでもいいし、

植物学の偉人を紹介するコーナーだけを読んでみたりと、

楽しみながら関心を広げることができる心憎い構成です。

通読してみて発見したのですが、

書中にたまに現れる、「生きている植物学」という小さな囲み記事が

私には面白く、見つけるとそこから読んでしまいます。

『剪定後の施肥』『風の効果となでる効果』などちょっと読んでみたくなりませんか。

 

紙が厚く、気軽に持って出歩けないですが、

いつでも手に取れるように、本棚に飾るように置いておきたい本です。

『日本の土 地質学が明かす黒土と縄文文化』 山野井徹著   築地書館(2015)—黒土の意外な過去

この本を読んだきっかけ

お庭の土って、家を建てた後だから、掘り起こされてどこも同じようなものだと思われそうですが、場所によって結構違っていて、どんな植物を植えたらいいかを土質の面から考えることもあると思います。といっても、私の場合は粘土質か砂質かなど大まかな状態を知る程度なので、勉強するつもりでこの本を手に取ったんです。

特に黒土(黒ボク土)は、園芸の現場では「保肥力がないな〜」なんて言われることがあります。庭づくりでも、植物ごとの好む環境とか、植える場所の環境を考えて植えても、なんだかうまくいかないな、という時に、原因を探して庭中を観察するものの、はっきりとしない時に土が黒土だと、「黒土だからかな?」と疑ったことはないでしょうか・・。はい、私はあります・・。

本書の内容

本書に、一般的に黒ボク土は火山灰土と考えられてきた、とあるので、試みに一般的な園芸書を見てみると、

関東地方に広く分布する火山灰土(関東ローム)の表層土で、黒ボクとも言われます。有機物を多く含む軽くて柔らかい土です。保水性、保肥性はいいものの、通気性、排水性は良くないので、腐葉土などをたっぷり混ぜて使います。火山灰土の特質でリン酸分を吸着して離しにくいため、肥料としてリン酸を多く施す必要があります。(『ガーデニング上手になる土・肥料・鉢』より)

また、遠い昔、学生時代に学んだ土壌学の教科書でも、黒ボク土は「火山灰土」の項で説明されています。黒ボク土は火山灰と結び付けられて考えられてきた、というのがやはり一般的なようです。

筆者は、そもそも黒ボク土が火山灰土であることに疑問を持ちます。そこで問いを立て、検証していきます。内容が難解な部分もあるので、正直何度か「続きはまたにしよう・・・」と本棚に戻したこともあったけど、「黒ボク土って火山灰でしょ」という常識を、問いと検証という手順を追って覆していくのはとても読み応えがあったし、通説を疑うこと、これはひょっとしてとても勇気のある野心的な試みなのでは?と気がついた時、丁寧にデータを集め、そこからわかることを示していく、というあり方がとても勉強になりました。

では、黒ボク土ってなんなのか、最後の2章でやっと明かされます。黒ボク土が縄文時代に行われていたある文化の産物だということが示されています。

縄文時代・・・!?

黒土の見方が変わります。

黒ボク土と縄文文化

そういえば、最近読んだ『日本人なら知っておきたい! 万葉集 植物さんぽ図鑑』(文・木下武司 写真・亀田龍吉、世界文化社)という本の「すすき・をばな」のページに

ススキの語源は煤茎であり・・・

とあって、それはやはり同じ文化に由来する名前であるとありました。

万葉集が編まれた奈良時代は、縄文時代からだいぶ経っていますが、広大なススキ野原が目に浮かびます。

一面のススキ野原といえば・・・

とここで、この目に浮かぶススキ野原、見覚えがあります。箱根湿生花園で見た、仙石原の野原です。

箱根湿生花園で見た仙石原の野原。枯れたススキの穂が風に揺れる姿を見たかったんですが、秋に一度刈りこむのでしょうか、穂はなくて、寒かった思い出が

調べてみると、縄文、万葉の頃と同じ方法で景観を保っているとのこと。

https://econavi.eic.or.jp/ecorepo/go/74

一般財団法人自然公園財団の、仙石原についての記事)

以前は、冬枯れの風景を見たくて訪れたのですが、ススキとともにどんな植物が育つのか、黒土を生かす植栽のヒントを探しに、また出かけてみようと思います。

箱根湿生花園、今年のオープンは3月16日から。

hakone-shisseikaen.com

春が楽しみです。

『盆栽の誕生』依田徹著 大修館書店  —歴史を探って見える、盆栽の自由な可能性

節分が過ぎて、少しずつ日が延びてきたのを感じますね。

この寒さの中で花を咲かせる植物の中でも、

わたしが特に好きなのはロウバイです。

この花びらの透き通るような色・・!

満開になるとあたりに良い香りが漂います。春が待ち遠しいですね。

ロウバイ。Chimonanthus praecox。1月末から2月中に咲く花はとてもいい香り。

この季節のイベントで気になっているのが「国風盆栽展」です。

 

国風盆栽展・イベント | 【公式】一般社団法人 日本盆栽協会

 

2024年は前期が2月9日(金)から12日(月)、

後期が2月14日(水)から17日(土)まで。

 

盆栽の魅力

 

園芸店で、面白い枝ぶりのまだ小さな観葉植物を、焼き物の鉢に植えて、

盆栽のように仕立てているのを見かけました。

観葉植物なら室内もいいし、デスクに置けるサイズなので、

書類仕事の合間にグリーンを見てリラックスできそうです。

 

わたしが感じる盆栽の魅力は、眺めているひと時、

今いる場所を離れて大自然の中、木立や大樹を見上げているような

感覚になれるところです。

季節ごとの変化も魅力。育てて楽しまれている方も多いと思います。

 

本書の紹介

 

本書では、日本近代美術史が専門の著者が、

多くの資料を紹介しながら、盆栽の歴史を探っていきます。

個人の日記の中から、絵画から、有田焼の窯元に残る植木鉢の注文記録から

その姿と、植物に親しむ当時の人々の美意識を見出していきます。

そして、盆栽の誕生の過程には、意外な事実があることがわかります。

 

今も昔も変わらない、園芸の楽しみ

 

昔の人々が愛好した「鉢木」や「盆山」と呼ばれたものが

どんなものかは本書を読んでいただくとして、

著者が引用する多くの歴史的資料、特に日記は、昔の人も植物を育て、仕立てて、

その良さを味わい楽しんでいた様子に、今も昔も変わらない園芸の魅力を感じます。

例えば1466年、室町幕府の八代将軍・足利義政の側近

季瓊心蘂(きけいしんずい)の日記には、鎌倉公方足利政知)から

義政に献上された盆山を朝夕と眺め、

翌日には義政の庭師、善阿弥と共に眺めていたことが書かれています。

2人はどんな言葉を交わしていたのか、遠い過去がとても身近に感じられます。

 

読後に変わった「盆栽」のイメージ

 

盆栽と聞いてわたしの頭に浮かぶのは、古木の風格の松、という程度のイメージでしたが、

本書を読んで、もっと間口の広い、新しくて自由なものであることを知りました。

筆者は、

盆栽という文化の柱となっているのは「自然」の一語でないかと思う。

 

と述べています。「自然」という言葉に、皆さんはどんな風景を思い浮かべるでしょうか。

古木の風情、野山の草花、思い出の中の風景・・・

心のままに、鉢の中に再現できたら、楽しそうですね!

『園芸家12ヶ月』カレル・チャペック 小松太郎訳 中公文庫

最近の庭仕事    

日毎に日が短くなってきましたね。最近では、お昼を過ぎるともう夕方が近づいているように感じられます。

日が傾いてくると、グラス類の穂が、西陽を受けて輝いていてキレイ!草花の紅葉、草紅葉(くさもみじ)も楽しみです。わたしは特に、黄色く色づく草の葉が大好きです。

色づきはじめたAmsonia elliptica(チョウジソウ)。

 

『園芸12ヶ月』の中にも、草紅葉の美しい描写があります。

それから——。まだ葉が咲いている。秋の葉が。黄いろに、紫に、キツネいろに、オレンジに、緋赤に、暗褐色に。黒、青に色づいた実と、裸の枝の黄いろい、赤みがかった、ブロンドの幹。まだ、私たちは終わったのではない。(「11月の園芸家」)

 

文章から、秋の色があふれています。

本書の大部分は、思わずニヤリとしてしまう園芸家の姿が、ユーモアたっぷりに描かれていますが、その中に、こうした色彩豊かな自然の描写が随所にあって、植物の持つ美しさを発見した著者の、感嘆のためいきがきこえてくるようです。

何度も読みたくなる理由

この本の初版は1975年。初めて読んだのはだいぶ昔で、その後何度も読み返しては毎回クスリ、フフフと笑ったりしています。植物が好きすぎる人々の、情熱ゆえのあれこれが笑いを誘うのです。数年おきに読みたくなるのは、もちろん面白いからなのですが、季節の繊細な描写や、園芸の真髄と呼びたくなるようなことが、さりげなく、でもしっかりと書かれていて、この絶妙なバランスがわたしにとっては大きな魅力となっています。

筆者の園芸熱に火をつけた植物が意外

ところで筆者が園芸熱にかかったきっかけが、

自分でなにか花を一本植える

ことで、その植物は「マキギヌ」だった、という一節を読んで、「マキギヌ」が気になりました。

初めて聞く植物だったので、調べてみたところ、

多肉植物でした。ちょっと意外です。

本書に出てくる植物は、小さな花をたくさんつける可憐で愛らしい宿根草が多い印象だったもので・・・。

 

ちなみに、わたしの園芸熱に火をつけた植物はクレマチス・スタンスでした・・。この植物のふわふわした種をいただいたことがきっかけで、種子から苗を育てることをはじめました。

Clematis Stan’s(クサボタン)。

おわりに

本書には、筆者が、好きな植物を挙げるととめどない、といった勢いでたくさんの植物の名前がでてきます。例えばチャペック先生が度々その良さについて述べている、ロックガーデンの植物などを、本書から集めて図鑑で調べてみたら・・筆者の生きた19世紀末から20世紀初頭の、晩年過ごしたチェコの時代に少し触れられるかも、なんて考えています。

『庭の時間』辰巳芳子 文化出版局(2009)

 著者は料理家です。私はこの方を『いのちを養う 四季のスープ』(文化出版局・2009)という本で知りました。

 この本で紹介されているスープのレシピは、ご家族の看護・介護の経験から生まれたそうです。材料の選び方や調理の仕方が丁寧に解説してあり、食材から滋味を引き出すように考えられたレシピからは食べる人を思いやる気持ちが伝わってきます。

 本書は、そんな筆者のご自宅のお庭のお話がひと月ごとにまとめられていて、章の最後には辰巳さんの料理とレシピが素敵な写真と共に紹介されています。「蕗みそ」(2月)は漆器のしっとりとした質感とともに口の中に蕗の苦味が蘇ってくるようですし、「野菜のコンソメに花柚子を浮かべて」(5月)は品よくこちらまで香りが漂ってきそうです。

面白いのは、巻末に東京農業大学の学生さんによる研究・「料理家辰巳芳子邸における食と庭の関係性」(池村・青木・進士、2008)の抜粋が掲載されているところ。辰巳さんのお庭が研究対象となっていて、お庭の植物をよく調べ、どんなふうに利用されているのかを調査されています。野菜や果樹、野草が食用・薬用・観賞用と分類されている長いリストをみると、その役割を全て兼ね備えている植物もたくさんあり、辰巳さんの知識の深さを感じます。

 その季節になると出会うことのできる、お庭の美しい表情や、お母様で料理家の辰巳浜子さんとの思い出...どれも素敵なお話ですが、読んでいて心動かされるのは、筆者の料理家としての誠実な姿です。日々自分のために、誰かのために料理して食す、その日々の営みの根本に立って疎かにせず、大切にする。繰り返しの中によりよく、と工夫を重ねていく姿に、我が身を振り返っては反省したり、勇気を得たり。

 畑とは異なり、野菜やハーブ、果樹や草花をいろいろ植えて、収穫を楽しむ庭を「ポタジェ」と呼んだりしますが、フランス語のpotager は「スープ(potage)にする食材を作るところ」という意味からきているそうです。筆者の庭は、風土に根差したポタジェなのだと想像します。

 

【こちらもおすすめ】

『料理歳時記』辰巳浜子著(1977)中央公論新社

筆者は辰巳芳子さんのお母様で、料理家の辰巳浜子さん。

 昭和37年から43年『婦人公論』での連載をまとめたもの。食材と料理の話題の中に、辰巳家の庭のはじまりが書かれているのを見つけて嬉しくなりました。歯に衣着せぬ物言いも魅力的。明治生まれの著者が生きた昭和の時代の風物が新鮮に感じられたり懐かしくなったりします。『庭の時間』『料理歳時記』どちらも読むと「梅」「柿の葉寿司」など、同じ題材が母娘で書かれていることに気がつきます。お二人の料理に対する真摯な姿勢を思うと、単にお袋の味の伝承というよりは、伝統が受け継がれる現場に立ち会えたような感慨深さがあります。